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ミリタリー入門 空軍(戦力)編

ミリタリー入門 第三弾

空軍戦力編 空軍戦力編



・日本
当時、日本は空軍はない。海軍航空隊、陸軍航空隊にはっきりと分かれていた。有名であるのは海軍では通称「ゼロ戦」紀元2600年の末尾をとって「ゼロ」正式には「零式艦上戦闘機」という。陸軍では愛称「隼」正式には「一式戦闘機」日本の飛行機は全体的に飛行距離が長いものが多かったが、その反面、ダメージに弱く被害も多かった。なお日本は慢性的にアルミの確保が厳しく飛行機が増産できなかった。加えて小型機用のエンジンを開発する技術が遅く、「ゼロ戦」などに代る、後継機が終戦まで現れなかった。その一方では飛行艇などの開発は優秀であった。また飛行機が船に強いことを実証した日本が、世界に与えた影響は非常に大きいものであった。ちなみに世界初の渡洋(海を越えて)爆撃をしたのも日本の爆撃機であった。

・アメリカ
アメリカも海軍機と陸軍機に大別されていた。初期は一世代遅れの飛行機であったが、強大な工業力を背景に次々と新技術を開発して量産した結果、速さ・火力・飛行距離・防御力と飛行性能全般に優れ、世界最強の強さを生み出し、主にヨーロッパと太平洋で活躍した。また多くの飛行機を各国に輸出したり、貸与していた。日本本土やドイツに対し戦略的に大型爆撃機を有効的に活用した。

・イギリス
王室空軍。独立した空軍としての歴史は古い。WWⅡではドイツとのバトル・オブ・ブリテンが有名。その結果、経過とともに優良な飛行機を開発して実戦に配備した。頑丈な機体が多く、中には木製の飛行機もあった。レーダーを開発したのはイギリスが最初である。アメリカ参戦後は、米英の爆撃機がドイツ占領地への爆撃を英国本土からおこなった。

・ドイツ
ドイツ空軍は『ルフトヴァッフェ』と呼ばれる。工業国のドイツは優れた飛行機と斬新なスタイルの機体もあった。大戦末期には、ロケットで飛ぶ戦闘機や世界で初めてジェット機を配備して他国を脅威させV-1、Ⅴ-2と呼ばれるミサイルも開発しロンドンを攻撃した。しかしながら、数が少なく未成熟だったため、戦況を好転させるまでには至ることができなかった。またヘリコプターも試作していた。アウトバーンという高速道路をジェット機用の滑走路に使ったこともあった。

・フランス
世界水準レベルにあったものの、陸軍と同様に有効的な活用ができないで終わった。機体をつくるメーカーが各個バラバラで量産の面でも非効率であった。

・イタリア
開戦当初より、高性能とはいえる飛行機は存在しなかったが、植民地相手の戦闘ではまだ有効的であった。しかしながら連合国軍が相手では、その脆弱さは隠せなくなった。

・ソビエト
当初は複葉機(主翼が上下二枚で繋がっている)である旧世代の飛行機が多かったが、実戦の経験を踏まえた実用的な飛行機を配備していった。特徴としてドイツ戦車を狙う対戦車攻撃機も見られる。またアメリカから多くの優れた飛行機を貸与されてドイツと戦い続けた。

・中国
中国製の飛行機というより、各国の飛行機を輸入したり、貸与されて日本軍と戦ったが、数は多くなかった。



WWⅠで、初めて飛行機が兵器となったことは有名だが、1945年までの30年の間で航空業界がすさまじい発展を遂げたことは言うまでもない。残念なことではあるが、戦争と言うものが新技術を次々と開発せしめたことは否めない。




ちなみに①

軍隊におけるエースと言うと、まず、戦闘機乗りのことがあげられる。
要するにどれだけの敵の飛行機を撃墜した数がポイントとなる。国や時代によってもエースになる基準は異なる。エースを扱った書籍は多くあり、そのエピソードは計り知れないものがある。日本人エースパイロットも多く存在していた。有名なのは「大空のサムライ」こと故・坂井三郎中尉(1916~2000)




ちなみに②

日本軍は「ふ号兵器」と呼ばれる風船に爆弾をくくりつけた、いわゆる風船爆弾を偏西風を利用して、アメリカ本土に送り込んだ。材質は和紙とコンニャク製の糊。風船が浮くことを確認をするため、天井が高い建物で製作されており、東京宝塚劇場や両国国技館などでも動員された女子学生の手によって作られた。ゆえに当時おでんの具からコンニャクが消えたそうである。




戦後日本では、WWⅡを一般に「太平洋戦争」と呼ばれるが、当時は「大東亜戦争」と呼ばれた。これは中国における軍事行動は支那事変と呼ばれていたが、1941年におこりうる対米英戦と支那事変も含め、全体を「大東亜戦争」とされた。戦後、GHQにより「大東亜戦争」の呼称は禁止されて「太平洋戦争」が一般的になった。したがってお年寄りは今もなお「大東亜戦争」と呼ぶ人もいる。




と言うことで…

長々と海・陸・空にわたりWWⅡ期の各国の軍隊を簡単に説明しました。車、船、飛行機は本来は人間の移動手段として作られたわけですが、『兵器』となり人命を奪うために転用されたことは非常に悲しいものです。
世界でも日本でも、今もなお兵器は作られ続けています。原子力などにいたっては核兵器に転用されると広島や長崎の原子爆弾、水爆実験、ロシアのチェルノブイリの原発事故のような悲劇が繰り返されるわけです。
科学の目覚しい発展が続く影で、また軍事的に利用されている現実もあります。




最後に

私がミリタリー分野に興味を持った原点は「なぜ、戦争が起きたのか?どう言う経緯があったのか?どのような結果になったのか?」という観点からでした。
確かに幼い頃は兵器を見て、まるでアニメや漫画を見ているようにカッコイイと思った時代もありましたが、本を読んだり、映像や写真を見たり、実際に体験した人から話を聞いたりしていく内に戦争や兵器の真実を知り、たくさんの悲劇が起きたことを理解しました。


単なるドンパチ好きで終わったら俗に言う『戦争オタク』になってしまいます。真正面から事実に基づいて歴史として「軍事」を捉えることが、「ミリタリー」の一つの視点なのかもしれません。


口だけのにわか平和主義では決して何も生まれません。一つの方法として「ミリタリー」に平和の大切さを学ぶこともあると思います。


戦争は自然が起こす天災ではなく、人が起こす人災であり、防ぐこともまた可能なはずですよね。私はそう思います。




書式のため改行せず、読みにくくてすみません…


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コメント

どうも歴史マニアと戦争オタクを混同されがちで困ることが多いのですが両者は全く別物ですよね。
戦争に関しては、様々なメディアで「かっこいい」などと誤解する前に
体験した方のお話を聞くべきだと思います。
戦争をリアルではなくファンタジーとして捉えてしまうから、間違った認識につながるのではないかと・・・


>近江守殿

何でもそうなんでしょうが、現実とヴァーチャルは違うと言うことを認識しないとね。
混同する人多いから・・・自分も気をつけないと。

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