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蹴球-ナショナリズム-

ええと…

世界最強蹴球決定戦、予選敗退に関して…

先日、私めが書いた必勝法もどうやら実行されずに予選敗退という結果は非常に残念でしたw

「勝敗は兵家の常」ということで次回に期する。



されど、気になる事。二点。


一つ目
私は蹴球は詳しくない素人なので…戦術云々はわかりません。
しかし、点が入らないと話が進まない競技である以上、シュートのチャンスを生かさなければならないことは、私にもわかります。


予選の試合を見てて、加点の惜しい瞬間がたくさんありました。
もちろん、チームのプレイスタイルやシュートのタイミング、また相手守備陣の障害があるから枠に打ち込むことが大変難儀であることもわかります。

これらをふまえても・・・
他国選手と日本選手の違いは、シュート直前土壇場での躊躇が見られること。原因として味方への変な配慮(遠慮?)、妙な真面目さ、加えて度胸不足がみられるところではないでしょうか?


団体競技ですから戦術はもちろん大切です、作戦がなければ烏合の衆ですから…(個人技があっても)ただ、GKとの一騎打ちになった瞬間はその個人と個人の戦いでもあると言えるのではないでしょうか?
そこでパスを出すことは私には逃げに見えてしまう。ある程度の空間があるならわかるが、打つ瞬間の土壇場であれば勝負する気持ちがないと駄目なような気がしますし、いつまでたっても決定力に欠けると思う。

守備陣をかいくぐって、何のために緻密なパスをまわして敵陣に切り込むのでしょうか?最後の一撃のためにチーム全体が動くのでしょう。そこで躊躇するならロングシュートをあてずっぽで打ち込んでいる方が話は早いはず。


さらに味方への遠慮に関して言うと戦術を馬鹿真面目に重視、むしろ過信の面が否めない。戦術を整えるのが重要ではなくて、点を入れることが戦術の意味であるわけで、本末転倒になっている。これは芸術点があるわけではないのだから、余計な配慮と遠慮はいらないと思う。


結局、総括すると「度胸がない」「肝が据わっていない」となってしまう。辛辣に言うと大金をもらってプロとなっている人たちであれば、求められる要求が高いのは当たり前であると感じる。(ここ大事)


と蹴球素人の私でも観戦していて感じた次第です。


各国の名シーンなどを見ると、すごい角度から打ち込んでいたり、意表をついた地点から打ち込んでいたり・・・たとえそれが枠に入らなくても相手陣に与える影響は計り知れないでしょう。正攻法、奇抜さを織り交ぜてるチームが強いのは当然だと思います。(個人技もありますが)


それにしても、日本選手は優しい(?)のでしょうか?もちろん戦いにはマナーとルールは大事ですが、優しさはいらないと思う。そこが日本人特有の国民性なのでしょうか・・・。それとも「情け」の美徳なのでしょうか・・・。


欧州、南米、アフリカなど他国のチームのような貪欲さがあってもいいのでは?要は戦いであるわけですから。





二つ目
上記で国民性の話が出ましたが、蹴球に関わらず毎度、スポーツ競技の国際試合を見て思うこと。


「日本!日本!」と応援するのはいいですが、なぜに日本人はスポーツでしかナショナリズムを高揚させないのでしょうか??

「争い」(スポーツ含む)という側面は、自分(自国)と相手とを比較対照するしやすさがあるのでわかります。簡単に言えば戦争そのものがそうでしょう。しかしながら、直接的な争う場面とはならなくても、日々ナショナリズムを感じることはあると私は感じます。


例えば政治。殊に言えば外交。他国からのどう考えても理不尽な事象を最近の日本はだまって受け入れる、もしくは相当自国の意見を譲歩します。これは、我々日本人からすれば、なんて寛容な国家で誇り高いと思うのでしょうけれども、他国は違います。他国であれば、政治家・学者のみならず国民全体で断固反対、時には猛烈な批判もします。では、日本でも物騒な騒擾を起こせとか言いたいのではなく日本国民も、もう少し「日本」という国を国民全体が自覚することです。

話から逸脱しますが、よく「ふるさと」と言うと叙情的に表現されますが、大きくひっくるめて考えると日本国土そのものが、日本国内で生まれた日本人の「ふるさと」であるわけですし日本国という国家自体であるわけです。

話を戻すと外交なんて遠い政治家の話、と一瞬錯覚しますが、いずれ我々の日々生活に影響を及ぼすのは時間の問題です。(例を挙げれば暇がない…食料安全、石油、軍事…)食べ物など物資があるのも当然、平和なのも当然…あまりにも当然過ぎて、私も含めて日本人は感覚がおかしくなってるのが現状です。

外交の話がわかりやすいので、偏重な見方になってますが、国家間の交渉だって戦いの場なわけです。そこで日本国民もだまって政治家に委任するのではなくて、もっと態度を表明するべきだと思います。


「国家」の話になるといろいろな要素があるので一概には書けないのですが、要は「日本」という国家をもっと国民が意識する必要があるということです。

各国の留学生が自国自慢(簡易なナショナリズムの衝突)をすると、日本人というのは、全く歯が立たなくすぐに黙ってしまって、自国を批評できない、また相手の意見にも反論できない事が如実に出るそうです。それは、ある意味での愛国教育がなされてないことと、国への意識の低さが原因だそうです。

これは日本人としてはかなり恥ずかしいですね。何とでもなるお金持ち国家と思われて、国が侮蔑される傾向に拍車をかけてしまいますね。



今住んでる日本という国を考えることはいたって普通ですよね?
だから、国民全体でよい意味でプライドを持ち高尚なナショナリズムを高揚したいものです。





うはwすごく長くなってるし((;゚Д゚)




はい。お疲れさまでした。
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コメント

うむ、仰ること、まさしくその通りにござる。
自分のブログにも長々と書いたが、結局、局面局面はメンタルの勝負。
そこで勝てない以上如何に戦術云々言っても最終的には勝てないと思われ。
アジアでは勝者のメンタリティを発揮できるのに、結局は未だ内弁慶の域を出てないということか。。
しかし、強者を相手にしたときにもそれなりの試合を出来るのに、格下にもそれなりの試合しか出来ないのは明らかに奢りが見られるせいだと思われ。
リードを奪ったあとに守りきれないのも気の緩みから。。
試合終了のホイッスルがなるまで気を緩めない勤勉差を日本人は持ち合わせているはずなんだが。
それがハングリー精神のなさというのか・・・

ナショナリズムについても同意。
国威掲揚にスポーツが利用されることは共産圏ではよくある話だが、日本もそのときしか盛り上がれない上に、まとまっているとまでは言えないものね。
若い世代(うちらも含むが)がもっと自国の事に興味関心を抱くような政策を取ってもらいたいものですな。
ある意味、国にとってはそれが全ての基本のような気もするし。。

長文スマソ

>るう氏

共産圏のスポーツ選手は勝てば天国、負けたら地獄なんでしょうね・・・

昔南米で、シュート外した選手がサポーターに殺された事件ありましたよね((( ;゚Д゚)))

そういや

あったね。
アメリカ大会のコロンビアのエスコバル選手ですな。
あれはほんと衝撃だった。。

そこまでいかんでも、代表選手はそれだけ国民の期待を背負ってるっていうことを自覚してもらいたい。
というか、してはいるんだろうけど、前面に出して貰いたいものだな、と。。

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